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昭和19年8月19日。空襲から逃れるため、麻布国民学校5年生は岩舟村へと学童疎開することになった。 |
家族らに見送られ、汽車に乗り一路岩舟へと向かう。 |
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岩舟に着いた学童。地元住民の協力を受け、当面生活する岩船山頂の宿屋へと荷物を上げる。 |
「郷に入れば郷に従え」。先生から赤いリボンをはずすように言われる女の子。母との約束...。 |
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汽笛の音を聞いては故郷を思い出し涙にくれる学童。響く歌声が郷愁を誘う。 |
山頂の水が涸れノミ、シラミが大量発生。 |
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高勝寺から高平寺へと移動する。 |
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高平寺の水も枯れた。井戸掘りを手伝うさなか、一人の学童がけがをした。担任の山田先生は、壊れた自転車で必死に佐野の病院へと急ぐ。 |
東京から母親らが面会に来る。再会を喜ぶ親子らの傍ら、来ない家族を待つ赤いリボンの女の子。 |
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11月24日、東京で空襲が始まる。 |
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大日本愛国婦人会は、「お国のため」と
竹やり訓練に励む。 |
正月を迎え、学童は川島家で雑煮やおせちをいただく。生涯忘れられない一日を過ごす。 |
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3月10日午前0時、東京大空襲。 |
不発弾を持つ少女。「空襲警報。どれだけ聞いても慣れることがなかった。しかし、あの夜は鳴らなかった」。 |
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「死者8万8193人。ひとつひとつの命が...」。
山田教諭は、南の空に輝く光の美しさに見とれる子どもたちに、この残酷さを伝えるべきか葛藤する。 |
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高平寺本堂で眠る赤いリボンの少女。
枕元に母が現れ、優しく少女を包む。
この日の空襲で母は帰らぬ人となっていた。 |
昭和20年8月15日正午。
ラジオから玉音放送が流れ、戦争は終わった。 |
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川島二等兵は生きて帰ってきた。しかし、戦争について語ることはなく子どもたちに手品を見せるだけだった。 |
学童は、岩舟での566日を振り返る。
岩舟で過ごした日々を決して忘れない。 |
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感動のフィナーレ。麻布国民学校5年生学童60人の岩舟村での疎開生活が終わる。 |
平成22年2月28日、コスモスホールに集まった当時の学童15人。ミュージカル実行委員会から感謝状が一人一人に手渡された。 |
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誰もが誓った。戦争を二度と起こしてはならないと |
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